難しい話はぬきにして。※すべて個人の感想です

子育てしてるといろいろあるよね。10年後に伏線回収しよ。

本サイトには商品プロモーションが含まれている場合があります

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」を観て。親の愛と子の葛藤。

ぼくが生きてる、ふたつの世界

2024年公開

gaga.ne.jp

Netflixにて鑑賞した感想です。

※内容に触れてます。

 

今、国宝で話題の吉沢亮主演の映画。

てか、私にしたら吉沢亮は、いつまで経ってもメテオなんやけど。

(ちなみに、菅田将暉はいつまで経ってもフィリップ)

インフルエンザ療養中で暇すぎて観ました。

公開時のプロモーションを何かで見て、観たい!と思っていたので。

 

耳の聞こえない両親から産まれた耳の聞こえる子どものことを【コーダ】というそうです。

コーダの五十嵐大さんが書かれた自伝的エッセイ「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」を原作にした映画。

 

こういった障害者を扱った作品って、

当事者に対してすべて周りの人がいい人で優しくて、

そんな中で育った子どもというのはその愛を目いっぱい受けて、

めっちゃええ子に育ってる。本当に人って温かいよね😊

というメッセージが、なんていうかフォーマットかと思ってました

※写真はイメージです

 

が、この映画は徹底的に現実!

まぁ、自伝的エッセイが原作なので、実際に起こったことだから、そりゃそうなんだけど。

今までの作品を観て感じてた、

周りの人Allエエ人、全員応援団的な綺麗な世界とはちょっと違う感じが、余計に胸に刺さるというか。

 

例えば、主人公が小学生の時、近所のお家の花壇が荒らされてしまっていたことがありました。

そのお家の奥様はショックで寝込んだとかで、お節介なこれまたご近所の奥様が下校中の主人公をとっ捕まえます。

「あんたがやったに決まってる」と犯人と決めつけ、否定する本人を完無視して謝りに行こうとか言い出し、更には「お母さんに話してもあれだしね」なんていう始末。

たまたま通りかかった主人公のお母さんが異変に気づき抗議します「私の耳が聞こえないからこんなことするの?」と。

しかし、それすら、相手の奥さんには伝わらず呆れられてしまう。

えー、ひどー。まず、犯人と決めつけてしまうのがありえないのだけど、お母さんに話してもアレだからとか、、、そんなことあるんかな?とか思うのですが、数十年前の日本では当たり前の話だったのかもしれません。

 

そんなこんなで、主人公は両親がろうあ者ということに後ろめたさというか煩わしさを感じ、思春期には周りの子と同じように反抗期も相まって、母親に酷い態度をとります。

結果、高校受験に失敗、夢も希望もなく、とりあえず上京し、そこでいろんな世界を見て両親(というか母親)に対する想いも変わっていくというお話です。

 

私はもちろん母親なので、母目線で観た部分もあるし、

子どもだった時代もあるから子どもの気持ちもわかるというか。

愛されてることが当たり前になり、親の強すぎる愛に耐えられなくなって反発する気持ち。

耳が聞こえるとか聞こえないとか関係なく、どこの家でもあるような問題というか課題?

 

主人公は耳の聞こえない両親に育てられた可哀想な子つまりは、特別な子から抜け出したい!って思っていたけど、実は元々特別じゃなくて、他の親と変わらないただ愛されて育ったってことに気づいたんじゃないかなって思った。

 

親の愛だけじゃなくて、いろんな愛って、形がいろいろあって、伝えるのが上手な人もいれば、表現が下手すぎて裏返ってしまってる人もいるよなー。

愛の伝え方は、シンプルだけど難しい。

 

 

 

※すべて個人の感想です。